「スポーツ・メディシン・セミナー」に関して
 今春、大リーグが日本で初の開幕戦「ニューヨーク・ヤンキース」vs「タンパベイ・デビルレイズ」が東京ドーム球場で行われました。
 国立相模原病院院長 越智隆弘先生のご高配で、訪日を機に同行のデビルレイズ、チームドクター、Koco Eaton先生を招いて 「スポーツ・メディシン・セミナー」が開催されました。
 Eaton先生には大変有益なご講演をしていただき、ご出席の諸先生方からは貴重なお話、ご意見を述べていただき、有意義なセミナーでした。
 今回、Eaton先生のお許しを得ましたので、皆様に 「100 Pitch Baseball Limit」講演の内容をご報告いたします。

日本プロ野球トレーナー協会(JPBATS)
会長  福永 富雄
渉外部 猿木、Eaton先生、会長 福永


       

     なぜ球数制限をするのか?

けがの予防と、選手生命をできるだけ長くするためだ。球数制限を強調する大きな理由の一つとして、いい球を投げる18歳の投手について、大リーグが多額の研究費を費やしているという事実がある。大リーグは将来有望な野球少年たちに大きな期待を寄せているのだ。

現在、18歳の少年達は大リーグの研究に大きな影響を受けている。

大リーグはコーチだけでなく、選手、その他の指導者、トレーナーらにも大きな圧力をかけ、球数が過多にならないように呼びかけている。関係者は安全で、より慎重に青少年を育成する練習方法を計画するために、球数の制限を進めている。


     投手の弊害のポイント

  球数の制限を進めるにあたって最も興味深い点は、多くの人々が耳を傾けていることだ。一例として、野球ジャーナリストのRany Jazeyerliは「投球は投手の腕にとって危険(な行為)ではなく、疲れた状態で投げると危険なのだ」と訴えている。彼は投球障害について多くの記事を書き、彼自身、球数、バッターの数、イニング数によって投球障害がどのように起こるかを研究した。彼の助言を参考にするなら、監督は投手が痛みを感じる前に降板させなければならない。つまり、まだまだ投げられる、という段階で降板させるのだ。

だから、私たちは一つの目安として、1試合の球数を100球をめどに制限することを勧めたい。これは少年野球も同様で、しかも少年時代から考えることが、より重要になってくる。


     少年野球

アメリカ医学研究所(アラバマ州バーミンハム)のジェームス・アンドリュース博士の研究グループが、平均年齢12歳(9〜14歳)の投手172名を対象にピッチングの研究をした。

そのうち20名は高感度カメラで投球フォームを撮影、解析した。故障ではないものの、172名のうち28%がシーズン中、肘に違和感を訴え、35%が肩に違和感を訴えている。また、アンケート調査により、リトルリーグに在籍している投手の50%が肩、肘、いずれかに痛みを感じたことがあると分かった。

以上の研究は、Lymanが2002年、AJSM(アメリカスポーツメディシンジャーナル)に論文として発表している。


      

     結果

 アメリカ医学研究所の研究結果では、86%の少年投手がスライダーを投げたことによって痛みが増し、52%がカーブを投げたときに痛みが強くなったという。つまり、速球に比べて、変化球は腕に急にブレーキをかけるため痛みが増加する。反対にチェンジアップを投げた場合、12%が肘の痛みを減らし、29%が肩の痛みを少なくしている。

もう一つの研究では、上腕骨骨頭が成熟していない若い投手の場合、利き腕に上腕骨骨頭の変形が見られることが分かった。これは軟骨組織にある成長板の異常で、日常生活に支障はない。

 これら二つの研究で、いくつかの勧告がなされた。


     少年野球への勧告

若い投手は直球とチェンジアップを投げるように努め、14歳以下の投手はカーブやスライダーを投げるのを避けること。骨格が未熟で、軟骨の成長板が成熟していないからだ。このため、1試合の球数は75球まで。1シーズン600球に制限すること。これらを強く勧告している。


     大リーグの歴史

 大リーグの歴史で、投手が限界まで投げた試合があった。1963年42日、両チームの投手が延長16回を完投した有名な試合がある。41歳のウォーレン・スパーンは201球を投げた。相手チームのホァン・マリシャルは227球を投げて腕を故障することもなく、このシーズン、25勝を挙げた。さらに、マリシャルは3シーズン連続で20勝以上を挙げたが、肩は壊れなかった。限界まで投げても何の問題も起きなかった。


     昔と今の違い

大リーグで現在と過去の違いは、投手の球速がアップしたということだ。ニューヨークメッツのノーラン・ライアンは1969年に時速90マイル(145km)のストレートを投げた。テレビのショーでオートバイと競争したら彼の球の方が速かった。

現在は90マイル以上を投げる投手はマイナーリーグにもたくさんいるが、バッターはそれを打ち返すことができる。現在の投手は、だから90マイル以上のボールを投げようと努力している。最高で101マイル(162km)を記録した投手もいる。


     MLB

  速い球を投げると、速い回転(トルク)が腕にかかる。そのため肩やひじに大きなダメージが加わり、けがの危険性が増すとも考えられる。

トム・ハウス(元大リーグ投手、のちに大学に復帰して運動生理学の博士号を取得)は「けがをするほどの強いボールを投げることはなかった」と名言を残している。つまり、速い球を投げる投手は肩やひじに負担がかかり、けがをしやすいということだ。


       
       

     動作解析

投球の動作解析は5つの段階に分けられる。

 一つはワインドアップ期、二つ目は初期コッキング期、3つ目は後期コッキング期、4つ目は加速期、最後にフォロースルー期である。

加速期には、最大数百分の1秒の速さで肩へ6000度/秒、肘には4500度/秒の角速度が発生する。時速95マイルのボールを投げるためには、肩や肘が95マイル以上のスピードで動かなければならない。野球のボールは飛行機のようにジェットエンジンがついていないからボールが指から離れても加速する能力がない。したがって、速い球を投げるにはボールに速い回転を与える必要があり、腕をより速く加速(回転)させなければならない。

興味深いのは、加速期ではなく減速期だ。加速期では足や肩、体幹など体全体を使って回転させるが、減速期では肩やひじのいくつかの限られた筋肉を使い、加速期で加速した腕を急激に減速させる。ここで、大きなストレスが肩や肘にかかり、けがを引き起こすのだ。


     投球の学習

  疲労すると投球フォームが変わり、けがの原因になる。アメリカスポーツ医学ジャーナルでは、2001年にアンドリュース博士がアリゾナフォールリーグで7人の投手を使い、1回の速球と最終回の速球を(早くても5回)の比較と投球フォームの解析をビデオに撮り、研究をした。


       
       

     投球学習の結果

研究の結果、投げるときホームベースの方向に向かって体重の97%の力が肩関節にかかる。ひじ関節には85%がかかる。つまり、同様の負担が上半身にかかるということだ。この負担は投げていくうちに減っていき、最終回になると、肘関節にかかる負担は体重の72%になる。これは球数に応じて球速も落ちるからであり、そろそろ降板しなければならないという兆候と考えられる。毎日、投球練習をしろと言われれば、投手は投げることができるだろう。しかし、肉体には限界があり、けがをしてしまう。我々は、この限界を見定めて選手の身体を守ることが最大のポイントだ。

そこで、球数と球速で簡単な判断をしてみる。球速が落ちたときは投球フォームが崩れている証拠だと考える。フォームが変わるのは、疲労が蓄積してきたからだと認識する必要があるのだ。疲労の度合いを、どのように判断すればいいか。それが、この研究のテーマなのだ。

判断の方法は、まず、踏み出した足の膝の曲がり具合にある。イニングを重ねるうちに膝の屈曲が深くなるのだ。さらに、コッキング期で肩関節の外旋が小さくなり、関節の可動域も狭くなる。それで球速が落ちてくる。フォームが狂うのは、身体がけがを防ごうとしている反応だとも考えられる。筋肉は疲労すると関節の動き、可動域を少なくして関節や筋肉を保護する習性がある。肩関節の外旋が減少することは、前方肩関節包、前方の肩内部組織にかかる負担が減少することでもある。肩関節と肘関節にかかる負担を減らして、身を守ろうとしているのだ。


        

     結論

100球を上限に設定することは適切だと考える。グレッグ・マダックス(アトランタブレーブス)が、それを証明している。彼は79球で完投したことがある。しかも勝利投手になった。130球を超えたことは1度もなく、投げた試合のほとんどが100球前後で終わっている。球数が少なく、総投球イニング数が多いのが特徴。マダックスは、けがが少ないことで有名だ。ある投手は、マダックスより投球イニングが少ないものの球数が多いため、けがの可能性が高いと考えられる。成功する投手は球数が少なく、多くのイニング数を投げられる。

 100球制限は、けがを予防し、選手生命を延ばす最大の方法だ。