2026.02.24
皆さんこんにちは、横浜DeNAベイスターズの 藤尾 佳史 です。
沖縄や宮崎での春季キャンプもいよいよ大詰め。ここからオープン戦が本格化し、来たるペナントレース開幕に向けて、プロ野球界の熱気は最高潮に達していきます。

そんな中、将来プロ野球の現場で働くトレーナーを目指して、日々解剖学の教科書とにらめっこしたり、テーピングの練習で指にマメを作ったりしている学生の皆さん、本当にお疲れ様です。
選手が激しく交錯する実戦が増えるこの時期だからこそ、あえて「その華やかな舞台の裏側にある、絶対に避けては通れないもう一つの使命」について、お話しさせてください。
それは、グラウンド上で突然訪れる「生死を分ける数分間」の最前線に立つことです。
スポーツの現場は、常に危険と隣り合わせです。 時速150キロの硬球、フルスプリントでの激しい交錯、脳が揺れるほどの強烈なタックル。私たちが愛するスポーツは、時に選手の生命を脅かす凶器に変わる瞬間があります。
スタジアムの熱狂が、一瞬にして凍りつくような悲鳴と静寂に変わる瞬間。目の前で選手が突然倒れ、ピクリとも動かなくなった時、真っ先に駆け寄る準備ができていますか?
現在のスポーツ界では、万が一の事態に備えた救急体制の構築が急務とされています。その中心となるのが、「CPR(心肺蘇生法)」と「PHICIS(病院前救護)」という2つの柱です。

CPR(心肺蘇生法)やAEDの使い方について、皆さんも一度は講習を受けたことがあるでしょう。「胸の真ん中を強く速く押す」「AEDの音声ガイダンスに従う」。知識としては完璧かもしれません。
しかし、現場のリアルは教科書通りにはいきません。
数万人の観客が悲鳴を上げ、パニックになった監督やチームメイトが怒号を飛ばす極限状態。そのど真ん中で、冷静に意識と呼吸を確認し、迷うことなく選手のウェアを引き裂いて胸骨圧迫を開始できるでしょうか。
そんな正常性バイアス(自分に都合の悪い情報を過小評価する心理)を打ち破り、「自分がこの命を絶対に繋ぐんだ」と腹を括れるか。
CPRの本当の難しさは、手技の正確さ以前に、この「覚悟を決める」という点にあります。ためらわずに一歩を踏み出す勇気こそが、一次救命の現場では最も問われるのです。

そしてもう一つ、近年コンタクトスポーツを中心に世界のスタンダードとなっているのが「PHICIS(Pre Hospital Immediate Care In Sport)」です。
これは直訳すれば「スポーツ現場における病院前救護」。単に救急車を呼んで待つのではなく、医療従事者やトレーナーがグラウンド上でいかに適切な初期対応を行うかに焦点を当てた教育プログラムです。
スポーツ現場では、日常生活では起こりにくい重症外傷が発生します。
例えば、頸椎損傷が疑われる選手を、焦って担架に乗せてはいけません。不用意に動かせば、一生残る麻痺を引き起こしたり、最悪の場合は呼吸を止めてしまったりするからです。
PHICISでは、頭部を用手的に固定する「MILS」や、安全に全身固定板(スパインボード)へ移行させる手順を学びます。そして何より重要なのは、これを「個人のスキル」ではなく、「チームとしてのシステム」で動かすことを徹底的に訓練する点です。
ドクター、トレーナー、救急隊員が共通の言語を持ち、一糸乱れぬ連携で命を救う。これがPHICISの真髄です。

テーピングが綺麗に巻ける。最新のトレーニング理論を知っている。 もちろんそれらもプロとして必要な武器です。しかし、選手が、チームが、そして選手の家族が、トレーナーに求めている究極の役割はなんでしょうか。
「今日グラウンドに立った選手を、明日も必ず生きて家族の元へ帰すこと」
アメリカのスポーツ医学の世界では、トレーナーのことを「Athlete’s Advocate(選手の代弁者・擁護者)」と呼ぶことがあります。
痛みを隠してプレーしようとする選手の代わりにストップをかけ、命の危機に声を出せない選手の代わりに緊急事態を叫ぶ。誰になんと言われようと、医学的根拠に基づいて選手の身体と命を守る「防波堤」になるのです。

CPRもPHICISも、「一生使わない技術」であることこそが一番の理想です。しかし、プロフェッショナルである以上、私たちは常に「最悪の事態」を想定しておかなければなりません。
学生である今から、日々の現場実習や練習見学の中でシミュレーションを繰り返してください。 「今、あそこで選手が倒れたら、自分はどのルートで走る?」 「一番近いAEDはどこにある?」 「誰に救急車を要請させる?」 頭の中で何度もロールプレイをし、いざという時に体が勝手に動くレベルまで訓練しておくこと。
いつか皆さんがプロのグラウンドに立ち、誇りを持って選手をフィールドへ送り出す日。皆さんのその手には、テーピングやマッサージの技術とともに、「万が一の時は、自分が必ず命を繋ぐ」という揺るぎない覚悟が握られているはずです。
その覚悟と準備こそが、選手たちが恐れることなく全力でプレーするための、最大の「見えない安全網」となるのです。
共に学び、命を守る強いトレーナーを目指しましょう!!