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DeNA

2025.05.25

「横浜奪首」を加速させる多角的アプローチとAIの最前線

こんにちは、育成S&C 兼 スカウティングパフォーマンスアナリストの 藤尾佳史です。

プロ野球の世界で「科学的アプローチ」という言葉を耳にするようになって久しいですが、横浜DeNAベイスターズは、その言葉をまさに体現するチームとして、独自の進化を遂げています。チームスローガン「横浜奪首」の裏には、選手一人ひとりのパフォーマンス向上と障害予防に、日々のコミュニケーション、データ・テクノロジー、そして最先端のAIが深く関わっています。今回はその一部を皆様にご紹介できればと思います。

「身体理解」から始まる多角的アプローチ

ベイスターズの強みは、まず選手の「身体理解」に徹底的にこだわっている点にあります。我々ハイパフォーマンスチームチームは、身体機能を「インプットープロセスーアウトプット」というシンプルな概念で捉え、良い動きには良い感覚情報が不可欠だと考えています。脳は全身からの感覚情報(インプット)を受け、それを処理(プロセス)してから全身に命令(アウトプット)を出します。スポーツで必要な「動き」はアウトプットに分類されるため、良い動きのためには良いインプットが必要だという考え方です。他にも視覚・前庭覚・体性感覚へのアプローチや矢状面の安定左右非対称固定点骨盤のバランス調整、睡眠・リカバリーなど、一見地味な地道な取り組みが、選手のパフォーマンスの土台を築いているのです。

その理解を深めるために、多種多様なデータが活用されます。シーズンを通して日々の運動負荷量や怪我リスクを定量的に把握するための「ワークロード」、神経・筋疲労やトレーニング効果判定の際の「フォースプレート」、移動距離や最大速度、高強度Run%を計測する「GPS」は、より実践的なフィードバックへと繋がります。

また東洋医学の考え方も取り入れており、「陰主陽従(いんしゅようじゅう)」という考え方を障害予防に応用し、痛みや動きの中の代償といった目に見える現象(陽)は、その場所ではない別の要因(陰)が隠れており、その要因に従って表面化していると考えます。怪我をした部位だけでなく、その根本にある要因に目を向けることが大切だという視点です。

体の内側からのアプローチとして、腸内フローラを整える取り組みも始まり、YDBでもピックアップした選手の食事チェックや体調アンケート、体組成測定、血液検査、トレーニング数値の変化などを追っています。まだ導入段階でデータや指標は少ないですが、今後の「進化」につながる可能性を秘めた取り組みです。血液検査は、栄養過不足や内臓疲労、筋炎症・疲労、水分摂取など、体組成だけでは見えない部分を確認するために、複数回実施します。

更に、わきばらハム塾のような特定部位の障害予防エクササイズや、投手の肩・肘機能チェックの数値化など、データに基づいたきめ細やかなアプローチは、選手の健康と長期的な活躍を支える要となっています。

「自己進化型組織」が生み出すシナジー

これらの先進的な取り組みを単なる一時的な流行に終わらせず、持続的な「横浜進化」へと繋げているのが、ベイスターズ独自の「自己進化型組織」としての文化です。S&CMCARという専門部門に分かれたハイパフォーマンスチームは、それぞれの知見を惜しみなく共有し、独自の基幹データベースシステム「Minato」をはじめ、SlackやNotionといったITツールを駆使して情報を円滑に流通させています。

しかし、特筆すべきは、単なるツールによる情報共有に終わらない点です。我々は、変化の速い現代において「納得解」を導き出すために、スタッフ同士の「対話」を何よりも重視します。選手、監督、コーチ、さらには清掃や食堂スタッフに至るまで、チームに関わる全ての人間が一体となり、学びを共有する「全員参加型」の姿勢は、まさに組織としての強靭さを物語っています。現場と科学が密接に連携し、選手自身もデータを見て課題に取り組む意識を持つことで、チーム全体が有機的に進化し続けるサイクルが生まれているのです。

AIは「地図アプリ」:勝利への新たな道しるべ

そして今、ベイスターズの「横浜進化」を加速させる存在として、AIがその真価を発揮し始めています。単に高度な分析結果を出すツールとしてだけでなく、選手やコーチにとっての「地図アプリ」のように、現状と目標地点を明確にし、そこへ到達するための最適な道筋を示す役割を担っています。

例えば、キャッチャーの「ブロッキング能力」をAIで数値化・可視化することで、育成における具体的な指導が可能になりました。ピッチャーの「コマンド能力」は、映像解析でキャッチャーの構えと実際の投球位置を比較することで、従来の指標では測りきれなかった「狙ったところに投げる精度」を定量的に評価できるようになりました。また、バッターの「スイング動作」は、横浜スタジアムのハイスピードカメラ映像を解析し、3Dデータ化することで、自動かつ迅速なフィードバックを可能にしています。牧秀悟選手の不調脱却にもこのシステムが貢献したという話は、AIが現場で生み出す価値を示しています。

我々がAIを活用する上で大切にしているのは、「誰をどんな状態にしたいのか、その先にどんなビジョンがあるのか」という目的。ただ高度なデータを出力するだけでなく、それが選手やコーチ、トレーナーといった活用者に届き、実際に現場で使われ、価値を生むことを目指しています。

DeNAグループ全体のAI戦略とスポーツの未来

実はベイスターズのAI活用は、DeNAグループ全体の戦略の一部でもあります。DeNAは会社全体として「AIにオールイン」する方針を掲げていて、経営の効率化や新しい事業を生み出すカギになると考えています。

特にスポーツ、ヘルスケア、メディカルといったDeNAがすでに強みを持つ分野で、AI活用を加速させています。ベイスターズでのパフォーマンス向上やケガ予防、育成といった取り組みがその最前線になっていきます。プロ野球だけでなく、バスケットボールチーム「川崎ブレイブサンダース」でも、試合映像からのトラッキングデータ作成に活用するなど、競技の特性に合わせてAI導入を進めています。

AI時代には、単純な作業は任せられるようになります。だからこそ、我々には「創造的な仕事」「物事を起こす意志」「夢中になる力」がもっともっと重要になっていきます。ベイスターズのAI活用は、選手やコーチ、トレーナーがデータ分析に時間を取られることなく、選手の身体とじっくり向き合い、育成や戦略立案といった人間的な活動に集中できる環境をサポートしていくとも言えるでしょう。

「横浜奪首」まで「進化」はこれからも続く

横浜DeNAベイスターズの取り組みは、単に最新技術を導入すること自体が目的ではありません。データとテクノロジー、そしてAIの力を借りて、選手個々の「進化」を科学的にサポートし、チーム全体の競争力を高めるための具体的な手段になります。勝利への「地図アプリ」としてのAIの可能性は無限大です。

DeNAグループ全体のAI戦略と連動し、スポーツ分野におけるAI活用は、今後のベイスターズ、ひいては日本のスポーツ界に大きな変革をもたらすものとして注目されることとなるでしょう。

最後までお付き合いありがとうございました。

投稿者 : trainer

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