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横浜DeNAベイスターズ

2025.07.10

最新の痛みの科学

はじめまして。横浜DeNAベイスターズに今年より入団した穐山大輝(あきやまだいき)と申します。私はチーム内でリハビリ(AR)の担当をしています。

いきなりですが、みなさん、2020年に国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain : IASP)で『痛みの定義』が41年ぶりに改訂されたのをご存じでしょうか?

具体的には、「組織の実質的あるいは潜在的な障害に伴う、あるいは、そのような障害を表す言葉で表現される不快な感覚あるいは情動体験」(1979年)から「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」(2020年)に変更されました。新しい定義では、痛みを単なる感覚刺激としてではなく、感情的な要素も含むより複雑なものであるということを強調しています。IASPの議長であるスリニヴァサ・N・ラジャは改訂の理由について、「痛みのニュアンスと複雑さをより良く伝えるため、そしてそれが痛みを伴う人々の評価と管理の改善につながることを望んでいる」と述べています。

このような痛みの複雑さを、最新の科学的知見を踏まえて世界中に伝えている団体として、NOI(Neuro Orthopaedic Institute)があります。NOIはオーストラリア(アデレード)にある「疼痛学」に関する教育および研究機関です。痛みの研究の第一人者であり、NOIグループの創設者であるロリマー・モーズリー教授は、「シンプルであることは学びのためにとても重要だが、実際に起こっていることは素晴らしく複雑であることを忘れてはいけない」と述べており、素晴らしくも複雑な人のシステムを探求することの重要さを伝えています。今回はNOIが提唱する新しい痛みの考え方について少し紹介したいと思います。

組織損傷=痛みではない

これまでの医療では、人体に起こっている物事をパターン化できるように、因果関係を証明することに重点を置いて研究や教育が進んできました(要素還元的思考)。痛みの理解においても、基本的には特定の原因(物質的、器質的)が存在しており、それが物理・化学的な因果関係の結果として症状を引き起こすと考えられており、特定の原因を解明するための診断技術(画像診断、徒手検査法など)の向上や、特定の原因に対する治療手段(手術手技、治療方法)の進歩に焦点が当てられていました。

一方で、近年の研究では多くの病態や疾患において、『無症候性損傷』の存在が証明されています。無症候性の病態が存在するということは、痛みなどの症状を有する人が画像検査などで何かしらの器質的損傷を認めたとしても、それが本当に症状に関係のある所見なのかどうかは判断できないということです。組織損傷は痛みの発生に関わる1つの要因であったとしても、必ずしも痛みの原因にはなり得ないということですね。

また、脳活動を可視化できるfMRIを用いた研究において、痛みを感じる侵害刺激を加えた場合でも脳内で特定の領域の活動は認められなかったと報告されています。つまり、これまでは組織損傷などによって痛みの神経信号が発生し、それが脳の特定領域に入力されることで「痛み」が発生すると考えられてきましたが、実際にはそのような特異的な脳活動が起きていないということになります。痛みには、私たちがこれまで考えてきたことよりもはるかに複雑なシステムが関与しており、よりマクロな視点で人というシステムの理解を進めていく必要があります(全体論的思考)。

痛みは100%「アウトプット」である

先ほども述べたように、私たちは組織の損傷や疾患に伴って生じた痛み信号が脳内に入力(インプット)されることで、痛みが発生すると考えてきました。しかし、直接的に痛みを伝達する神経信号はなく、特異的な脳活動も認められないことが明らかになってきたため、どのように痛みが生じるかをより全体的な視点で理解していく必要があります。そこで重要な考え方が、生物成熟モデル(Mature organism model)知覚行為循環(Input-Output Process)になります。これらが説明しているものはどちらも痛みが「アウトプット」であるということであり、そのアウトプットに様々なインプットや処理過程(プロセス)が関わるということを表しています。インプット情報には、あらゆる感覚受容器からの感覚情報(内受容感覚、外受容感覚)が含まれ、そこに信念や思考、過去の経験といった処理過程(プロセス)が影響した結果、痛みが生じると考えられています。最近では、このように様々なインプット情報や処理過程が関与することを、生物心理社会モデル(BPSモデル)を用いて説明されています。BPSモデルとは、「人の健康状態とは身体的、心理的、そして社会的要素がそれぞれ同等の比重をもって影響し、複雑に絡みあることによって作り出されている」という考えに基づいた医療アプローチの考え方です。これからの医療における痛みの理解は、このBPSモデルを中心に、これまでの医療を支えてきたミクロ的な視点と、人をシステムとして全体的に捉えていくマクロ的視点の両輪から考えていくことが重要になっていくと思います。

スポーツ現場においても、このような最新の痛みに対する考え方を取り入れたリハビリチームの構築や、選手対応の仕組みが作られていくといいですね。

投稿者 : trainer

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