2025.10.17
こんにちは、育成S&C 兼 スカウティングパフォーマンスアナリストの 藤尾佳史です。
現代のアスリートトレーニングにおいて、科学的根拠に基づいたアプローチはもはや常識となっています。その中でも、バーベルやメディスンボールの速度を計測し、トレーニングの強度や疲労度を管理する「VBT(Velocity Based Training)」は、ストレングス&コンディショニングの世界に革命をもたらしました。しかし、単に「速いか、遅いか」だけを計測するだけでは、アスリートの持つ真のポテンシャルを評価するには不十分でした。
そんな中、従来のVBTの概念を覆し、トレーニングの評価を新たな次元へと引き上げるデバイスが登場しました。それが「MFX(MoveFactor X)」です。

MFXは単なる速度計ではなく、アスリートの一回一回のレップに込められた「動きの質」を解き明かし、指導者と選手の間のコミュニケーションを深化させるための分析ツールです。ここでは、どのようにしてパフォーマンスを多角的に分析し、トレーニングの未来をどう変えていくのか、その一部をご紹介します。
VBTの基本的な考え方は、「挙上速度」と「負荷強度(1RMに対する割合)」の間に強い相関関係があるという事実に基づいています。例えば、スクワットの平均挙上速度が秒速0.5mであれば、それは1RMの約80%の負荷に相当する、といった指標です。これにより、指導者は日々のコンディションに合わせてトレーニング負荷を客観的に調整できるようになりました。

しかし、この「平均速度」や「最大速度」といった従来の指標には、見過ごせない限界がありました。
第一に、身体的特徴による数値のばらつきです。身長が高い、あるいは手足が長い選手は、同じ力で挙上してもバーベルの移動距離が長くなるため、速度の数値が高く出る傾向があります。これにより、チーム内で選手同士のパフォーマンスを公平に比較することが困難でした。
第二に、「動きの質」のブラックボックス化です。最大速度が同じ秒速2.0mという結果が出た二人の選手がいたとしても、一方は爆発的な瞬発力で一瞬にしてその速度に到達し、もう一方は時間をかけてじわじわと加速しているかもしれません。従来のVBTでは、この「どのようにして最高速度に至ったか」というプロセスの違い、つまり「動きの質」を評価することはできなかったのです。

MFXの真価は、その独自の分析指標にあります。これらの指標は、アスリートの動きを時間軸で細かく分解し、これまで感覚的にしか語れなかった「キレ」や「連動性」といった要素を客観的な数値として提示します。
POP 100 / 200:爆発力の源泉を捉える
これは、コンセントリック局面(バーベルを挙上する局面)に入った瞬間、わずか0.1秒後と0.2秒後の速度を計測する指標です。自動車で例えるなら、最高速度ではなく、停止状態からどれだけ鋭く発進できるかという「0-100km/h加速タイム」に近い概念です。この数値が高い選手は、静止状態から爆発的に力を立ち上げる能力に長けていることを意味します。最大速度が平凡でも、POPの数値が高ければ、それは優れた瞬発力の持ち主である可能性を示唆します。

EAインデックス (Elastic Accelerative Index):身体の連動性とバネを評価する
EAインデックスは、スクワットジャンプのようにカウンター動作(一度沈み込んでからジャンプする動作)を伴うエクササイズで真価を発揮します。
計算式は「最高速度 ÷ 最高速度への到達時間」。これは「加速度」を示し、数値が高いほど、ごく短時間でトップスピードに到達したことを意味します。 この指標が評価するのは、身体の「バネ」、すなわちSSC(伸張短縮サイクル)の効率性です。
筋肉が一度引き伸ばされてから(エキセントリック)、素早く収縮する(コンセントリック)能力を評価します。EAインデックスが高いということは、沈み込みで蓄えた弾性エネルギーを無駄なく爆発的なパワーに変換できている、つまり身体の連動性が非常に高いことを示しています。

SAインデックス (Static Accelerative Index):純粋な瞬発力を測る
一方、SAインデックスは、ボックススクワットのように静止状態から開始するエクササイズに適用されます。EAインデックスがSSCの効率性、つまり「連動性」を評価するのに対し、SAインデックスは弾性エネルギーの助けを借りない、より純粋な筋力による瞬発力を評価する指標と言えます。
この二つのインデックスを比較することで、選手がどちらの能力に長けているのか、またはどちらを強化すべきかを判断する材料となります。

MFXの最も革新的な機能の一つが、この「シーケンス機能」です。これは、エキセントリック局面(沈み込み)からコンセントリック局面(挙上)への切り返し部分を、速度と力の時間的な推移としてグラフ化するものです。
ベロシティ(速度)シーケンスは、アルファベットの「V」の字に似たグラフを描きます。左半分が沈み込む際のエキセントリック速度、右半分が挙上する際のコンセントリック速度です。理想的な動きでは、右半分のコンセントリック局面の線が、左半分よりも急な角度で鋭く立ち上がります。これは、減速から加速への切り返しが極めてスムーズかつ爆発的に行われている証拠です。
フォース(力)シーケンスは、その切り返しの瞬間にどれだけの力が発揮されているかを示します。質の高いカウンター動作では、ボトムポジションで大きな力を発揮して動きを効果的に受け止め、その力を次の加速へと繋げている様子がグラフから読み取れます。


このシーケンス機能は、選手自身が自分の動きの質を直感的に理解するための強力なフィードバックツールとなります。「今のレップは切り返しが遅かったな」という感覚的な反省が、「V字の右側の立ち上がりが緩やかだったから、次はもっと鋭く切り返そう」という具体的で明確な目標に変わるはずです。
MFXは、これらの詳細なデータを基に、トレーニングをより個別最適化されたものへと進化させます。
近年追加された「Propulsive・Ratio(推進比率)」は、ジャンプ系種目において、動作全体のうち推進(身体やバーベルが加速)に費やされた時間の割合を示します。ハイレベルなウェイトリフティング選手では、この比率が80%〜90%にも達すると言われており、効率的な動きの指標となります。
また、選手間の比較における公平性も追求しています。従来の平均速度や最大速度は、前述の通り身体的特徴に影響されます。そこで推奨されているのが「Mean Propulsive Velocity(平均推進速度)」です。これは、挙上開始から最高速度に到達するまでの区間の平均速度であり、移動距離の影響を受けにくいため、体格の異なる選手間でも真の「動きの質」を比較することが可能です。
データは単なる数値の羅列ではありません。アスリート一人ひとりの動きの癖、長所、そして改善点を解き明かすための「物語」です。なぜこの選手は爆発力があるのか、なぜこの選手は切り返しが速いのか。その「なぜ」を客観的なデータで裏付けることで、指導者はより的確なコーチングを提供でき、選手は自身のパフォーマンスをより深く理解することができます。
トレーニングの世界は、経験と感覚に科学的データが融合することで、新たなステージへと進んでいます。MFXは、その最前線で「動きの質」という新たな基準を打ち立て、アスリートが自身の限界を超えるための道を照らす、強力な光となるでしょう。
最後までお付き合いありがとうございました。